2012年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

2012年1月29日 (日曜日)

『二人で紡いだ物語』米沢 富美子 (著)

米沢 富美子さんのことを知ったのは数年前、日経新聞夕刊で。
女性として初めて日本物理学会会長となった人。
五日連続のコラムで、子供もいて、乳がんも克服してすごい人だなあ、
と、そのうち一回分を切り抜きしていた。

この本の存在を知ったのも、日経新聞で紹介されていたから。
本の冒頭、夫を追ってイギリスへ留学した話から始まる。
夫との出会いは言及しないのかな、と思ったらその後からだった。
前述のコラムで読んだり、この本の紹介の文章から想像していたよりずっと面白くて
どんどん読み進み、私にしては珍しく思ったよりもかなり早く読み終えた。

タイトルから夫は物理学者の妻を支えたのかと思いきや、家事育児にはノータッチ
だったそうだ。それを引き受けたのは家庭内で争いを起こしたくなかったから。
それに関してはご本人も分かっておられ、ウーマンリブ運動していた人たちには
申し訳なかったとのこと。
まあ、私の親と同世代だから仕方ないといえば仕方ない。
想像を絶する大変さだったと思う。
私は布オムツで頑張ったからその大変さは知っているが、著者の第一子の時
洗濯機は脱水機がなく、手動でくるくる回して絞るやつ。
衣類乾燥機はない時代だし、当然食器も手洗いだし、よく両立できたものだ。

著者の問題に対する解決方法は、新婚時に夫を追って留学したことに始まり
普通なら思いもよらない大胆な選択をしていた。
確かに無理だと思えば不可能になるのだと思う。心に留めておきたい。

いろいろ書きたい感想はあるが、長くなるので、
読んでいて2,3か所で泣かされた、ということを記してやめておこう。


私が読んだもの 2000年発売2004年発売新聞で紹介されていたもの 2011年発売

2012年1月11日 (水曜日)

手帳の断捨離

社会人2年目から20年くらいずっとシステム手帳を使っていた。
リフィルのみを買い替えれば良いからだ。
リフィルもお気に入りのがあり、ほとんど同じメーカーの同じタイプのものを
使っていた。

最初のシステム手帳は10年くらい使った際ボロくなったので、思い切ってフェラガモの
システム手帳を一生使うつもりで買った。
そうしたらミスドの景品でシステム手帳をもらえたのでそっちを何年か使った。
それがボロくなったのでフェラガモのシステム手帳を使い始めたが、
常時持ち歩くには重いことが分かった。
手帳のリフィルも値上がりした。
1週間1ページが良くてそのタイプをずっと使っていたが、ネットで手帳の利用法を
見ると、私程度のスケジュール数だと一か月で見開きのタイプで十分らしい。

それで、今年は、日経新聞購読者がアンケートに答えたらもらえる、
月の見開きタイプの薄い手帳にした。
日経WOMAN手帳の廉価版。

2012年1月 7日 (土曜日)

残念な娘4(続き)

三が日中、元気はあるものの熱が37~39度を上がったり下がったりして
すっきりしないので4日に病院へ連れて行った。
マイコプラズマ肺炎だった。
娘はこれに3歳くらいの時にかかり、入院したことがある。
今回は抗生剤を服用すれば良かった。
しかし、昨日2回目の受診時に、10日の朝に診察して登校できるか判断すると言われた。
あなどってはならない。
明日は体操の強化練習会に選出されていたのに(娘の体操部から男女二名選出)
それも参加できなくなった。

2012年1月 3日 (火曜日)

残念な娘4

12月29日、娘に大掃除の手伝いで窓拭きをさせていたら「具合が悪い」と
熱を測りだした。
38.7度。
医者は閉まっており、急患に運ぶほどでもないと判断し、寝かせた。
30日、39度台に。
31日朝、まだ39度。
テレビで嵐が出ても無反応。
「これじゃあ紅白を見てちゃいけないね、スキヤキも食べられないね」
(大晦日の晩はスキヤキだった)
と言ったら驚異の回復を見せ、夕方37.6度まで下がり元気が出てきた。
スキヤキはしっかり食べ、紅白は見ると。
まだ熱が下がったわけではないのに、元気はあり、郷ひろみが出たら
「2億4千万の瞳」を、某女性シンガーが出たら「アホの坂田」を(※)歌いまくっていたgawk
(※私が似ていると言ったので)
そして元旦、まだ熱は下がったわけではないのに、録画した「ガキ」を
一緒に見ていて、夜、また39度台になった。
仕方ないので、2日は一日寝かせた。

2011年12月11日 (日曜日)

寝てしまう絶妙な椅子の傾き

11月5日(土)
パソコン教室のボランティア(地域でワードを教える)の日だったが、今年は
夫と交代で行くことにしたのでこの日は夫に任せることとし、
心置きなく(?)予約を入れた。
12月11日(日)
いつものようにワイヤーをはずし、クリーニングしてワイヤーを付け替えた。
子供の部活のため朝早かったので、寝てしまった。
あそこの椅子は眠くなるのに絶妙な傾きなのだと思う。
いつも行く一般歯科ではああはならなかった。
寝るのはともかく、口を開けたままのせいかイビキまで出ることがある。
夜寝る場合、自分のイビキは聞こえないが、この場合は聞こえるので
あわてて起きる。めちゃくちゃ恥ずかしい。

2011年12月10日 (土曜日)

『数学的思考の技術』小島 寛之

数学の本かと思って図書館で借りたら、とどのつまり経済学の本だった。
まあつまらなくもないので読み進めたが、返却期限が来て、延長できなかったので
最後の5分の1くらいは読めず。

2011年11月27日 (日曜日)

カップヌードルミュージアム

阪神大震災が起こった際いち早く被災地にカップヌードルを寄付したことで「良い会社だなあ」
と思ったのと、株主優待目的で、日清食品の株を数年前から持っている。
年に一度の株主懇親会(商品の試食会)のお知らせが来たが、平日なので今年も無理だと
思った。今年は同日に限りカップヌードルミュージアムの無料入館券が同封されていた。
しかし、よく考えてみると、それは11月25日。ちょうどキャッツを観に横浜へ行く日だ。
懇親会は時間的に無理だが、せっかくなのでキャッツを観た後、カップヌードルミュージアムへ
行くことにした。
キャッツシアターからみなとみらいまで歩いた。都会の駅一つ分くらいは歩いたろう。
着いたのが5時くらいで、あまりゆっくりできなかったので、全部はまわれなかった。
でも、なかなか良かった。
みなとみらいへ行く機会があれば、行ってみる価値はある。
カップヌードルミュージアムの上階から見た夜景はきれいだった。
カップヌードルミュージアム

2011年11月25日 (金曜日)

ミュージカル「キャッツ」

息子の高校のPTA教養講座では、1年に1回観劇の催しがあるそうで、
今年は「キャッツ」だった。
例年、格安で見られお得なので、申し込み多数で抽選になるそうだ。
こんな機会でもないと一生ミュージカルなど見ないかもしれないと思い、申し込んだら
当たった。
今の会社で自分のために休みを取った事は一度もないので、たまにはいいだろうと
無理してでも仕事を休むことにした。

ミュージカルの役者さんたちは、高度な身体能力と歌唱力と表現力を併せ持って
すごいと思った。
あんなに足を上げてダンスもできるのに声楽的発声で歌も歌えるとは。
ただ、見ているだけではストーリーは「面白い」わけではなかった。
途中でミュージカルってストーリー性を求めるものではないんだろうな、と思った。
そう思ったものの、チラシを読んでいたので盛り上がり場面と大体の流れは分かり、
最後のメモリー(歌)は感動的だった。
後になって、あらかじめ下調べをするなり、パンフレットを買って始まる前に
読んでおくべきだったと思った。そうしたら見方もずいぶん違っただろう。
下調べはしたけど、あまり出来なかったからなあ。

終わってから会場を出るとき、よその初老のおじさんが「みんながすごく良いって
言うけど、どこが良いか分からない」と連れの人と話していた。
予習なしで見るだけだと、そうなんだやっぱり。

キャッツメドレー、学生の時やったなあ(吹奏楽部で)。
中学の時か高校の時か大学の時かは忘れた。
いずれにしても、それだけロングランなのだ。
メモリーってあんな歌詞だったのね。

2011年11月20日 (日曜日)

たつのこ共同保育所のこと5 ―親にとっても心の支え―

子供たちが卒園した、たつのこ共同保育所(以下たつのこ)。
川崎市唯一の共同保育所である。
素晴らしい保育所なのだが、あまりにも知られていない。
少しでも知られて欲しくて、たつのこに許可を得たわけでもなく、勝手に書いている。

私は結婚して3年め、そろそろ子供を作らなければならないと思い、妊娠したら
夫の会社もそろそろ転勤させなければならないと思ったのだろう、夫は東京へ転勤となった。
元々私は仕事を続けたい人だったが、夫の転勤と妊娠に伴い、仕事を辞めざるを得なかった。
そして神戸から川崎へ引っ越した。

全く知人がいない知らない土地での、初めての子育ては想像以上につらいものだった。
元々子供は嫌いで避けていたが、大変だからといって子供を作らないと日本は老人ばかりに
なることは中学生の時に気付いたので、我が子ならなんとかなるだろう、と思って作った。
でもやはり、元々子供が嫌いな者が孤独な密室育児をするのはつらくてつらくて仕方がなかった。
出産後1か月は3時間おきに授乳しなきゃならないし、意思の疎通は不可能だし、仕事している
ほうがよっぽど楽だと思った。赤ん坊を連れて公園に行ってぼーっと座っていた際、
「私は何やってんだろう。これまで仕事で得てきたことを生かしたい。」と強く思った。
また、孤独な密室育児に対する策として育児サークルに加入する手段もあるが、生来
子供嫌い、自分の子の相手も上手く出来ないのに他人の子まで相手するのは到底無理だった。
そして、仕事をするため保育園を探そうとし、公園のポスター見て見学に行ったたつのこ。
共同保育所という存在は、よく知らなかったが、入ってみたら、私にとって最良の選択だった。
その理由のうち、私自信に良かった点は以下の通り。
①皆で皆の子を育てるというコンセプト
ただ預けているわけではなく、ちゃんと子供に関わっていると思えた。
だから、たつのこのための活動(バザー・係担当etc)は、仕事をしながらは大変だったが、
日中直接子供に関わる代わりなのだと思うと、こなすことが出来た。
そして、たつのこの運営に関わる事は、本業(仕事)以外で思い入れる事柄となる。
②親自信の心のよりどころ
お迎え時の保育者や他の親との会話は、孤独な育児をしていた者からするとほっと
できるものだった。
知らない土地に引っ越してきて、仕事を始めると言っても最初は派遣社員だったので仕事先で
親しい知人が出来るわけでもなく、帰属するあてのない私にとって、心のよりどころと
なる場所だった。
③かけがえのない仲間が出来た
子供を兄弟で赤ちゃん時代から預けると、同様に在園期間が長い家族とは長いつきあいになる。
たつのこに思い入れがないと5年以上の長い在園期間には至らない。
そういった長いつきあいとなると、たつのこを運営するために一緒に様々な事を乗り越えてきた間柄となる。
そうなると、いわゆる「ママ友」ではなく、「仲間」とでも言ったほうが良いようなつながりでできる。
そのような家族とは末子卒園後何年たってもつながりがあり、大切な友人たちである。


孤独な密室育児を続けていたらどうなっていたことか。
心から、親子共々たつのこに助けられたと思う。

2011年11月13日 (日曜日)

『響きの科楽 ベートーベンからビートルズまで』ジョン・パウエル著

私は、大学は理学部化学科で音楽は専攻していないが、5歳から18歳までピアノを習っていた。
また、吹奏楽部でホルンを10年吹いていた。
それで、ある程度の楽典の知識はある。
純正律・平均律という言葉と意味は聞いたことがあった。
周波数と音程の関係は、物理学的に説明できるのだろう、と薄々感じ、ちゃんと知りたい
と思っていた。
この本は、「現役の物理学者であり、クラシックを学んだ音楽家でもある」という著者の、
私が知りたかった事が書かれた本だ。
主に科学的説明が書かれた箇所は大変興味深かった。
逆に、楽典的な説明は、ちょっと退屈だった。
もっとも専門的知識がない読者を前提に書かれているので仕方ないが。

その昔ピアノで12の長調と12の短調の全スケールを学んだ時、主音が違えど同じフレーズは
長調どうし、あるいは短調どうしなら同様に感じられると思ったが、一般的には
「調によって感じられ方が違う」と言われる。
私の才能がないからそう思ったのだろうと若干悲しかったが、この本の中で
「主音が違っても感じられ方は同じ。ただ移調の際に高くなるか低くなるかで感じられかたが
変わる」というような事がはっきり書かれていたので安心した。

ピアノをやってていて、暗譜しているはずの曲も、勢いで弾いている実感があった。
楽譜なしでは、途中の任意の部分だけ抜き出して弾くことは出来ず特定の場所からしか弾けなかったり、
あるフレーズのある音が実際何なのかは分からないのだ。
長い曲の暗譜は「筋肉記憶」によるものだと書いてあったので、すごく納得した。


«高校の学校公開日