その時歴史が動いた 赤ちゃんを死なせない〜乳児死亡率ゼロ・ある村の記録〜
歴史は苦手科目だったのでこの番組は滅多に見ないのだが、
昨日は引き込まれるように見た。
これまで聞いたこともない深沢晟雄(ふかさわまさお)という人の話だった。
今では当たり前になっている乳児医療費助成の最初はこういうことだったのか、
と思い知らされた。
昭和30年代の話だから歴史と言うほど大昔のことではないが、
この村長さんがいなかったら
市区町村が行う乳児医療費助成や検診は
現在のように行われていなかったかもしれない。
今では医療費助成は「少子化対策」の手段の一つとして
期間延長等が公約に掲げられたりするが、
そもそもは「死なせない」ための思い切った政策だったのだ。
法律違反になるかもしれないのに助成に踏み切ったということは
自分のことは差し置いて村のことを考えていたということだろう。
本来政治家はこうあるべきなのだ。
世の中偉いと言われる人は多く存在するが、
本当に偉い人ってのはこんな人だと思った。
前後するが、乳児医療費助成に至るまでにも乳児死亡率を下げるために
色々な努力をしておられた。
4mの雪に閉ざされ、赤ちゃんが病気になっても
病院へ連れて行けなかったとは悲惨だ。
そのために当時は県に2台しかないようなブルドーザーを借りるために
奔走したとのこと。
(ちなみに情熱にほだされてブルドーザーを貸した「大手メーカー」は
コマツだった。コマツも偉い)
村の病院の医者の質が低かったというのも悲惨。
医療レベルどころじゃなく、人としてダメで最悪な例では麻薬中毒の
医者もいたとか。
恐らく、僻地なので他で使えなかった医者が飛ばされて来ていたのだろう。
まともな医者を派遣してもらう交渉も大変だったと思う。
| 固定リンク
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 「天空の城ラピュタ」でのダメシーン(2009.11.21)
- 映画「ホームレス中学生」(2008.11.03)
- NHKドラマ『破獄』(1985年)(2008.10.18)
- 「だんだん」(連ドラ)(2008.10.16)
- その時歴史が動いた 神々のうた 大地にふたたび ~アイヌ少女・知里幸恵の闘い~(2008.10.15)

コメント
こんにちは。
この村長さんの偉大な功績は本になっていますが、「その時歴史が動いた」の再放送も含めて見逃してしまったんです。もし録画されておられましたら貸して頂けませんか?虫のいい話ですみません・・・
投稿: 澤口通洋 | 2007年10月29日 (月曜日) 19:18
残念ですが録画はしていません。再々放送も終わったようですね。この番組はリクエストが多い回を再放送することもあるようですが・・・
投稿: K.A | 2007年10月29日 (月曜日) 23:18